第14回 全人的苦痛(トータルペイン)について
2013-03-22
前回は末期がん患者さんが経験する可能性のある症状についてお話ししました。実に多くの症状がありますが、もちろん患者さんがそれらの症状全てを経験する訳ではありません。しかし、多くの患者さんが複数の症状を経験されるのもまた事実です。
さて、今回は患者さんの症状ばかりでなく、患者さんの「苦痛」ということを考えてみたいと思います。
この講座で何度かご紹介した近代ホスピスの生みの親であるD.C.ソンダース先生は末期がん患者さんが経験する苦痛のことを「全人的苦痛(トータルペイン)」と呼びました。がん患者さんは単にがんによる痛みや食欲の低下、呼吸のつらさといった肉体の苦痛ばかりではなく、その方の人間そのもの、全人格的に苦痛を経験するのだというのです。ソンダース先生は全人的苦痛を理解しやすくするために四つの苦痛に分類しました。(図1)それらは①身体的苦痛、②精神的苦痛、③社会的苦痛、④スピリチュアルな苦痛です。
(図1)全人的苦痛
四つの苦痛については本講座の後に詳しくお話ししたいと思います。ここでは、がん患者さんの苦痛は必ずしも単純ではないということを理解して頂ければ良いと思います。そして、これら四つの苦痛はそれぞれが互いに影響し合います。そのことを(図2)のように説明する人もいます。
(図2)全人的苦痛
例えば、患者さんはがんの痛みがあって夜間眠れなくなるといろいろなことを考えてしまい、不安になったり気持ちが落ち込んだりすることがあります。また、残される家族のことや仕事のことが心配で食事もとれなり、生きる気力を失ってしまうといったこともあります。そして、この図は身体的、精神的、社会的苦痛がたとい無くなっても最終的に残る根源的な苦痛がスピリチュアルな苦痛であることを示しています。スピリチュアルな苦痛とは後で詳しく述べますが、「こんな状態で生きていても意味がない。」「家族に迷惑をかけてまで生きたくない。」といった、生きることそのものの苦痛であり、より深く、根源的な苦痛なのです。
これら四つの苦痛を全ての末期がん患者さんは持っているのですが、ある患者さんは体の痛みは強いがほとんどスピリチュアルな苦痛を表わさないといったようにそれぞれの苦痛の強さは人によって全く異なります。患者さんのお話しを伺いながら、きめ細かく対応しなければならないのです。ワンパターンなマニュアル的な対応は禁物です。
次回から、全人的苦痛をより具体的に考えてみましょう。
院長 前野 宏
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