第20回 吐き気・おう吐—ちょっとした吐き気も我慢しないでください—
2013-05-07
今回は、つらい症状である「吐き気」について考えてみましょう。
一生に一度も「吐き気」を経験したことのない人は恐らくいないでしょう。それは、思い出しただけでもつらく、涙が出るほど恐ろしかったかもしれません。しかし、その吐き気がもしもずーっと続いて止まらないとしたら、と考えるだけでも恐ろしいことです。
当院が関わった末期がん患者さん345人のうち在宅緩和ケア(在宅ホスピス)開始時に何らかの「吐き気」があった患者さんの数は81人(21.7%)でした。しかし、病状の進行と共に約50%の患者さんが何らかの吐き気を経験すると言われています。これらの患者さんの全てが耐えられないほどの吐き気があった訳ではありませんが、中には吐き気やおう吐によって非常につらい思いをしてきた方もいらっしゃいます。さらに何回もおう吐を繰り返すと患者さんの体力も急速に落ちてしまいます。吐き気が起こったら早く原因を見つけて治療することが大切です。
1)吐き気の原因
最終的には吐き気は脳で感じるのですが、吐き気の原因はいろいろとあります。皆さんも過去に、食中毒や食あたりで吐き気を経験したこともあるでしょうし、船酔い等の乗り物酔いで吐いた経験もおありだと思います。また、ひどくショックを受けたときに気分が悪くなって吐き気を催したこともあるかもしれません。この様にちょっと考えただけでも吐き気の原因は多様です。そして、吐き気の原因が分かるとそれは治療にも結びつくのです。非常におおざっぱですが吐き気の原因を挙げてみましょう。
①消化器(胃や腸)や内臓に関するもの
がんによって胃や腸が詰まって食べたものが流れなくなると体は貯まっ
たものを外に出そうとして吐き気が起こります。また、何らかの原因で腸
の動きが悪くなっても吐き気が起こります。しかし、便秘になっただけで
吐き気が起きることもありますので、吐き気があるからといってむやみに
恐れることもありません。まず医師や看護師に症状を伝えることが大切で
す。
②薬剤や血液異常などによるもの
副作用に吐き気があるお薬はたくさんあります。特にがんの治療薬であ
る抗がん剤や緩和ケアで使用するお薬の中で副作用の中に吐き気があるも
のは少なくありません。以前に述べましたがんの重要な痛み止めであるオ
ピオイド(医療用麻薬)は初めて投与された患者さんの(何も対処しなけれ
ば)約3割の方に吐き気が起きると言われています。
また、血液の異常によって吐き気が起きることがあります。よく知られ
ているものでは血液中の成分であるカルシウムの濃度が高くなると吐き気
を起こすことがあります。これはがんが出す物質が骨に作用して骨の成分
であるカルシウムが血液中に漏れ出すことによって起こるのです。また、
何らかの原因で腎臓の働きが悪くなり(腎不全)、尿毒症になると吐き気が
起きることがあります。これらの原因は血液を調べることによりはっきり
と分かります。
③内耳神経によるもの
人間の耳の奥にある内耳というところに人間のバランスを司る三半規管
とう臓器があります。この部分が炎症や腫瘍によって障害されるとめまい
や吐き気が起こります。よく知られているメニエール病はこの部分の異常
によるものですし、船酔いもこの部分の一時的な異常によって起きます。
④大脳に関するもの
脳腫瘍や何らかの脳の障害により直接吐き気の中枢が障害されると吐き
気やおう吐が起こることがあります。また、先ほど述べたように強いショ
ックやいやなことが起こることにより吐き気が起こることがあります。つ
まり不安や恐れといった精神的な原因でも吐き気が起こることがあるので
す。
2)吐き気の治療
すでにお分かりのように吐き気の原因は非常に多様であり、がん患者さんに吐き気があった場合にはまず吐き気の原因を突き止めることが重要です。つまり、必要な検査などを行い、吐き気の原因の診断をしなければなりません。
治療の原則は他の症状と同じなのですが、まずは吐き気の原因となっていることが取り除けるものであればそれを行います。例えば、次の項で述べるのですが、腸閉塞であれば手術によって腸が詰まっている部分を開通させることが出来れば吐き気は無くなります。また、薬剤が原因であればその薬剤を止めることが出来れば副作用である吐き気もなくなるはずです。
しかし、がんが進行している患者さんの場合、吐き気の原因を取り除くことは難しい場合が多いのです。例えば、腸閉塞の手術などは治療自体が患者さんの生命を脅かします。また、がんの痛み止めが吐き気の原因であると分かったとしても痛み止めを止めることは困難です。
原因を治療によって取り除くことが難しい場合には吐き気止め(制吐剤)を用います。現在はとても効果的な制吐剤が色々とあるのでそれらを使い分けることになります。こういった治療はかなり知識と経験が必要なのでやはり、緩和ケアに習熟している医師の元に治療を受けることが大切になります。
吐き気、おう吐は患者さんにとってとてもつらく耐えられない症状になってしまうことがありますが、早い段階から緩和ケアチームがかかわることによってしっかりとコントロールが出来ますので安心して頂きたいと思います。ちょっとした症状であっても遠慮せず医療者に相談して頂きたいと思います。「火事は大火事になる前に消す」ことが大切です。
院長 前野 宏
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