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第24回 せん妄(混乱)−患者さんは決して気が違ってしまったのではありません、進行がんの症状なのです−

2013-06-11

 今回は「せん妄」についてお話しします。「せん妄」という言葉は医学用語なので一般の方にはあまり馴染みがないと思います。もっとわかりやすい言葉で言うと「混乱」というと分かりやすいでしょうか。

 「せん妄」は末期がんなどで衰弱が強くなっている方で特にご老人に多く起こります。昼間にウトウトしてしまったかと思うと夜はずーっと起きて突然意味不明のことを言ったり、家族の顔を見ても誰だか分からなくなったりします。そして、今何時頃かここはどこかも分からなくなります。あれだけしっかりしていた方がまるで別人のようになってしまうので、それを見たご家族はとてもショックを受けます。「この人は気が変になってしまった。」と思っても不思議ではないでしょう。しかし、せん妄は決して患者さんが気が変になってしまったのではなく、病気や時にはお薬によって体の状態が変化して起こる「意識障害」なのです。つまりせん妄には必ずその原因があり、もしその原因が改善できればせん妄は治ります。

 せん妄はどれくらいの頻度で起こるのでしょうか。当院がケアを行った末期がん患者さん324人の内、明らかなせん妄が認められたのは68人(20.1%)でした。これは、一般的に緩和ケア病棟やホスピスに入院した患者さんより少ない数字です。

◎せん妄の原因
 それでは、せん妄はどのような原因で起こるのでしょうか。せん妄の原因は非常に多くありますが大まかに分けると以下のようになります。

1)脳腫瘍や脳血管障害(脳梗塞や脳出血)
2)血液の異常:高カルシウム血症、肝不全(肝性脳症)、腎不全(尿毒症)等
3)感染症:肺炎、尿路感染など
4)薬剤性:医療用麻薬、抗精神病薬など
5)全身の不快感:尿閉(尿が膀胱に大量に溜まってしまう)、便秘、痛み等
6)環境要因:入院などの急な環境の変化など

◎せん妄の診断と治療
 「人が変わってしまう」という意味では「認知症」も同様ですが、認知症が徐々に病状が進行し元に戻らないのに比べて、せん妄は症状が一日の中でも変化するのが特徴です。そして原因を改善できればせん妄は治ります。

 せん妄の治療はまずその原因を確認することから始まります。例えば上記に挙げた「高カルシウム血症」などは良い治療薬がありますので、血液中のカルシウムの値を下げることによってせん妄が改善することが多く認められます。また、医療用麻薬がせん妄の原因と考えられたらそのお薬を他のお薬に変更することによってせん妄が改善することがあります。

 しかしながら多くの場合、せん妄の原因は確認できても、患者さんの衰弱やがんの進行が背景にあることが多く、原因を改善することは困難なことが多いのです。

 原因が改善できない場合のせん妄の治療で最も大切なことは、患者さんが安心できる環境を整えることです。なぜならば患者さんにとって何らかのストレスがせん妄を悪化させることが多いからです。そういう意味では病院は患者さんにとって安心できる場所ではありません。医療者が着ている白衣は患者さんにとってとても緊張感を高めます。そして、病院では点滴や採血をされたり、検査をされたり痛いことや怖いことばかりがあります。入院環境は患者さんにとって多くのストレスを与え、そのことがせん妄を悪化させるのです。

 そういう意味では患者さんが住み慣れたお家あるいはずーっと過ごしてきた介護施設などが患者さんにとって一番安心できる場所であり、ストレスが少ない場所なのです。入院中にものすごいせん妄だった患者さんが自宅に退院したとたんにせん妄がぴたっと治ったということは私たちも良く経験することです。

 しかし、せん妄が悪化するとご家族から苦しそうに見えたり、つらそうに動き回るといった「不穏」状態になってしまうこともあります。そのような状態を放置するとご家族も非常につらくなりますので、鎮静剤を使って眠って頂くようにする(鎮静)ことが唯一の治療になることがあります。鎮静については後の項で詳しくお話ししましょう。

 患者さんがせん妄になるとご家族は気が動転して、「どうしたの!」、「大丈夫?」、「しっかりして!」といった声かけになってしまうことが多いのですが、そういう声かけはかえって患者さんのストレスを増し加えてしまうことになります。実は、せん妄の時に患者さんの意識は少し低下していることが多く、苦痛を感じることは少ないと言われています。ですからご家族としては落ち着いて、患者さんが安心できるようなゆっくりとしたやさしい声かけ(「大丈夫だよ」とか「〇〇はここにいるからね。」)をするように心がけて頂きたいと思います。

 もしも患者さんがせん妄になった場合には、ご家族としては上記のことをしっかりと知った上で、落ち着いて関わって頂きたいと思います。
                         院長 前野 宏

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