第28回 スピリチュアルペイン(こんな状態で生きていたくない)について
2014-04-03
1.スピリチュアルペインとはどのような苦痛なのですか?
終末期の患者さんの苦痛(全人的苦痛)の中で最も根源的な苦痛はスピリチュアルペインです。これは生きる意味や価値を見失うことによる苦痛だからです。
例えば、再発したがんが進行し、排泄も家族の世話にならなければならなくなった女性は、「こんなに家族に迷惑がかかるのなら早く死んでしまった方がいい。」とおっしゃいました。また、ゴルフをこよなく愛していた男性は「ゴルフができないなら生きている楽しみがない。」とおっしゃった患者さんもいました。
スピリチュアルペインは残された時間が限られることから来るもの、自分でできていたことができなくなることによるもの、家族との関係など人間関係が失われることから来るものがあるといわれています。これらの苦痛はひとによってはとても大きく深くなることがあり、まれにあまりのつらさに自らの命を絶ってしまうという悲劇をもたらすこともあります。
2.スピリチュアルペインがあるかないかどうしたら分かるのですか?
スピリチュアルペインは人間存在の根源的な苦痛ですから、患者さんが言葉に出して表出することは多くはありません。じっと心の中にしまっておくことが多いからです。しかし、患者さんが「こんな状態だったら死んでしまいたい。」と言った場合、それが純粋なスピリチュアルペインから発せられた言葉かどうかは分かりません。例えばある患者さんは「がんの痛みは人格を破壊する。」とおっしゃいました。また、抑うつ状態がひどくなって「死にたい。」とおっしゃる方もいます。つまり、スピリチュアルペインは単純ではなく、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛と重なっている場合が多いのです。そのような場合は、まずそれらの苦痛をできる限り緩和することが第一です。そういった苦痛がある程度落ち着いても残される根源的な苦痛がスピリチュアルペインでしょう。
3.患者さんに「こんな状態なら死んだ方がましだ。」と言われたら、どのように答えたらいいのですか?
あなたは目の前にいる患者さんからこの様に言われたらどうしますか。恐らく最初の気持ちは「どきっ」とすると思います。そして、何と答えたら良いか分からず、そのまま沈黙の時間が流れるのもいたたまれないので、(笑いながら)「何言ってんのよ。そんなこと考えてたらかえって体に良くないよ。もっと楽しいこと考えましょ。」などと答えてしまうかもしれませんね。
誰でもこのような深刻なことをいきなり言われたら、返答に困ってしまい、その場しのぎのことを言ってしまいがちです。しかし、ちょっと考えてみましょう。患者さんがこの様な深刻なことを言うのは特別なことですし、そのようなことを誰にでも言う訳ではないということです。つまり、心の内の深い部分をさらけ出すことができたのは、患者さんがあなたを信頼しているからです。まずそういった言いにくいことを私に言ってくれたことに感謝しましょう。そして、そのメッセージをちゃんと受け止めましたよ、というお返事をしたいものです。
「そう、死にたいと思うくらいつらいことがあるのね?」「そうなんだ。そんなにつらいんだ。」と、頑張って答えてみましょう。でも、場合によっては言葉に詰まってしまい、答えられなくても結構です。どのような言葉も、この深刻な告白に対しては無意味に思えることもあります。そのような場合には、黙って患者さんの手を握っているあるいはそっと肩をなでているだけでも十分です。患者さんが最も求めていることは、信頼しているあなたにそのつらさを聞いてほしい、分かってほしい、そこにいてほしいという事だからです。あなたがそこにいて患者さんの苦痛に寄り添おうとしていることが一番大切なことだと思います。
近代ホスピスの生みの親であるシシリー・ソンダース先生はスピリチュアルケア(スピリチュアルペインに対するケア)について次の様に言っています。
「答えにくい質問をいくつも抱えた患者と家族のそばに、何も答えられないままとどまっている人々は、そばにいることによって患者と家族が求めているスピリチュアルな救いを提供している自分に気づくことになろう。」
(D.C.Saunders Living with Dyingより)
院長 前野 宏
- 前の記事へ「第27回 社会的苦痛―家族、お金、仕事などの問題―」→
- 次の記事へ「第29回 持続皮下注射について―内服ができなくなっても大丈夫―」→