第7回 ホスピスのこころとは-ホスピス・緩和ケアの歴史をちょっと-
2013-01-09
緩和ケアにおけるチームアプローチにおいて大切なことは「一体となったチーム」をいかに作るかということです。そして、チームが「一体となった」働きをするために重要なことがチームのスタッフが同じマインド(理念)を共有できるかということです。私はそのことを「ホスピスのこころ」と呼んでいます。英語では”Hospice mind”といいます。「ホスピスのこころ」はホスピス・緩和ケアにおいて古くから受け継がれてきた大切な思想(考え方)を含んでいますので、ここでちょっと寄り道をしてホスピス・緩和ケアの歴史を見てみましょう。
1.ホスピス・緩和ケアの歴史について
「緩和ケア(Palliative care)」という言葉は比較的新しく、1980年代にカナダで使われ始めたと言われています。一方、「ホスピス」の言葉の由来は1000年以上昔のヨーロッパに遡ると言われています。元々の語源は「おもてなし」という意味だそうです。まさに、ホスピスそのものの本質と言っても良いかもしれません。当時のキリスト教徒が、ヨーロッパから聖地エルサレムまで巡礼の旅をした際に、途中で疲れたり、病気になったりした時に修道僧達が彼らを介抱した。そういったことがホスピスのルーツのようです。その後、死にゆく人々を介抱する施設があちこちに出来るようになるのですが、それらもキリスト教の修道院の働きであったようです。つまり、ホスピスのルーツはキリスト教にあるのです。そして、19世紀になり、アイルランドやフランスで近代ホスピスのルーツとなる施設が誕生するようになります。そして、近代ホスピスの第1号として1967年、イギリスのロンドンにセントクリストファーホスピスが誕生しました。その生みの親はシシリー・ソンダース女史であることは皆さんよくご存じでしょう。
2.「ホスピスのこころ」について
私は「ホスピスのこころとは弱さに仕えるこころである」と定義しています。それはキリスト教の新約聖書の次の1節に由来しています。
「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタイの福音書25章40節)
ここで「わたし」と書かれているのはイエス様(神様)のことを表しています。そして「最も小さい者たちのひとり」とは病気に苦しんでいる人であり、死を迎えようとしている人のことです。インドのカルカッタで道ばたで死にゆく人々を介護し看取る働きを行うことによってノーベル平和賞を受賞したマザーテレサ女史は、この聖書の言葉を彼女の行動の原点にしました。つまり、彼女は死に行く人を上から目線で哀れみをもってケアしたのではなく、それらの人々の中に神様を見いだし、まさに神に仕えるようにケアを行ったのです。
この精神が「ホスピスのこころ」です。つまり、看取る人も看取られる人も同じ苦しみを持ち、弱さを持つ小さな存在として平等であるという精神です。現在の医療の現場で考えると、末期がんで苦しみ、死を迎えようとしている人々もそれをケアしている医師や看護師も同じ弱さを持ち、いずれ死に臨むという意味で平等であるという精神なのです。
それは、治癒を目指す医療が専門家として、つまり強者として弱者である患者さんに医療を提供する。言葉を換えると医療者が患者さんに「~をしてあげる」というスタンスになっている傾向があります。しかし、ホスピス・緩和ケアでは全く反対です。「~をしてあげる」ではなく「~をさせていただく」というスタンスなのです。緩和ケアにおいてはこの「ホスピスのこころ」をチームメンバーが共有していることが「一体となったケア」を提供する上で非常に大切なことになります。
それでは、次回からいよいよ「在宅緩和ケア(在宅ホスピス)」についてお話をしてゆくことにしましょう。
院長 前野 宏